2021年9月1日【 ロジック

職業選択の自由とコーナー保育

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2021年8月2日【 ロジック

5歳児に抱っこは必要か?

ロジック2

2021年7月2日【 ロジック

保護者会の全体会の代わりに…

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2020年4月9日【 ecec on sns

『新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言下にて』

 この情勢にあって、今の私の想いを少しだけ書かせて頂きたいと思います。重要事項でも伝達事項でもありません。もし気が向けばお読み頂ければ幸いです。

 行政や法人とのやり取りで、連日遅くまで事務所におりますので、今朝は思い切って少し遅めに出勤しました。街の様子を見ていると意外と出勤する人が多いことに気がつきます。緊急事態宣言下においても生活を支える業種はお仕事を継続されます。乗客は少なくても何となく居心地の悪い通勤電車に乗って出勤しなければならない人もおられる訳です。(私もその一人です。)

 私の悩みは、行政からの要請を受けて閉園となった際にお困りになるご家庭が出ることです。その一方で開園している現状は常に感染リスクにさらされています。閉園か開園か、そのジレンマにさいなまれています。私たちにも保育や乳幼児教育を預かる者としての本分があります。保育園があるから社会が回っている、未来が力強く育っているという自負もあります。それが閉園となると、そのしわ寄せがどうなってしまうのか。それが悪く出ないか気がかりでなりません。

 その一方で保育園を開園し続けるリスクにも怯えています。保育園は間違いなく3密です。換気は心がけていますが、密集、密接は避けられません。検温や健康管理にご協力頂いていますが、86もの世帯、30名もの職員が出入りしています。衛生管理に心を砕いても、お預かりした大切なお子様が感染するリスクは0ではありません。お子様への感染はどうしても避けたい。さらに1人でも感染者が出れば、数週間は完全閉園となってしまいます。閉園時に限定的にお預かりできる医療従事者等のお子様すら保育できなくなってしまいます。それも避けたい。

 この情勢の中、お預けになる保護者も不安や切ない思いを抱えておられると思います。それでも働いて組織や社会を支えてくださることに感謝しなければなりません。とは言え、子どもを感染リスクに晒してまで保育を続行すべきなのか。このジレンマの堂々巡りです。正解はありません。

 今後、何らかの沙汰が下り、何らかの動きがあると思います。悠長に悩んでもいられなくなると思います。保育園もご家庭もお互いに痛みは避けられません。互いに協力しながら、もう少しトンネルの中を走り続けたいと思います。

 問わず語りになりました。何の結論もありませんが、今の胸のうちを聞いて頂きました。

 末筆になりますが、皆様のご協力に感謝し、ご健勝をお祈り致します。

園長 小嶋 泰輔

2016年6月17日【 ecec on sns

宝物をありがとう

 『鶴瓶の家族に乾杯』という番組をご存知でしょうか。あまりオンタイムでは見られませんが私の好きな番組の一つです。テーマソングはさだまさしの『Birthday』です。何度聞いても感動します。
 先日、6月の誕生日会がありました。さくらしんまち保育園では毎月第三火曜に誕生日会を開催しています。誕生日会の式次第は司会の先生による導入があり、その月の誕生児の紹介があり、お歌のプレゼント、絵本のプレゼント、職員劇と続きます。自分が主役の誕生日会は年に1回ですから、それ以外の月はお友だちの誕生日をお祝いします。自分が心待ちにしている誕生日は他のお友だちにも同じ様に訪れることを感じ、自分の誕生日と同じ様にお祝いして欲しいと思います。少し大げさに言えば誕生日とはその人の存在を喜ぶ日です。お友だちの誕生日をお祝いすることで他人の存在を尊重する気持ちに繋がればと願っています。次に絵本のプレゼントですがこれは初代園長の伊藤里美先生が『一人ひとりを大切にする保育』の一環としてその子の発達や個性に合った絵本を担任が心を込めて選んで贈って欲しいという意味があります。もちろん絵本に親しんで欲しいという意図もあります。きっと寝る前にお家の方が絵本を読んで下さるのではないかと想像しながら絵本を選んでいます。誕生日会は合同ですが、一人ひとりの誕生日の当日には玄関に職員手作りの誕生日カードを飾っています。これも私たちなりの一人ひとりを大切にする保育の在り方です。
 さて誕生日会のメインイベントは職員劇です。ご存知の通り冬にはリズム遊び発表会(お遊戯会)があります。一年を通して絵本に親しみ、職員の素話を楽しみ、劇団による本格的な劇を観たり、おままごとコーナーやリズム遊びの中でで何かになりきって遊んだり、色々な形で物語に触れ、豊かなストーリーの世界を楽しんでいます。実は誕生日会の職員劇も同じ目的で行っているのです。単なるエンターテイメントではなく職員が毎月楽しそうに劇遊びを披露することで、子ども達はたくさんの刺激を受けます。そして日頃の遊びの中で演じ合って遊びます。それが行事に繋がっていくのです。この様な理由で年に12回、毎月の職員劇は私たちなりに趣向を凝らしています。
 そして第二のメインイベントがお誕生日メニューでの給食です。今度は給食の先生が腕によりをかけて楽しく美味しい給食を作ってくれます。魅力的な盛り付けや飾り付けを施したり、自分で好きな食材を選んで一手間加えることで自分好みの食べ方が出来たり、子ども達の食欲と感性を刺激するパーティーメニューです。お祝いの会食ですのでこの日はみんなで一緒にいただきますをする様にしています。
 今回はさくらしんまち保育園ならではの誕生日にまつわる取り組みをご紹介致しました。
 そして最後にもう一人お祝いとお礼を言わなくてはならない人がいます。
 子どもを産んでくれて、あの子達を産んでくれてありがとうございます。

2016年6月16日【 ecec on sns

かみつきとひっかき

 0.1.2歳の乳児が主ですが、子ども同士で遊ぶ中でかみつきやひっかきが起きることがあります。玩具や場所の取り合い、遊びや行動が邪魔された時や不意に密着した時など、シチュエーションは様々ですが突発的に手や口が出てしまいます。いかなる理由があろうと相手を傷つけることは良くないこととして、私たち職員はそれらを未然に止めるために常に気を配っています。しかし、それでも止めてあげることができずにかみつきやひっかきが起き、お迎えの際にお詫びすることがあります。その度に申し訳なく反省しております。
 再発を防ぐため、玩具の数や空間の広さといった環境を見直すことはもちろん、活動に無理やストレスがなかったか振り返って考えます。どんな状況になるとそういう行動に出るのか、みんなで話し合っていくつかのパターンを抽出し、子どもの行動を予測することで未然に防ごうと試みます。怒った気持ちに共感しながらも、かみつきやひっかきは良くないことと根気強く伝えます。言葉で伝えられる子であれば、気持ちを言葉に置き換えて伝えることを教えていきます。私たちが作った環境で起きたことなので、かまれた子はもちろん、かんだ子にも謝罪の気持ちがありますので、かんだことを保護者にお伝えすることは控えさせて頂いております。ただしあまりにも頻発する様でしたらご報告させて頂いております。その理由はそれらの行動の裏に視力の問題や睡眠不足などの生活リズムの問題、満たされない気持ち、さらには発達上の問題があるかもしれないからです。
 かみつきやひっかりをする子にも必ず理由があります。一人で集中して遊びたいという気持ちを叶えるためにそういった環境を用意することもありますし、気持ちを満たすためにじっくりと保育者が関わることもありますが、一人だけ集団から隔離する様なことだけはしたくありません。それは課題を避けているばかりか、友だちと一緒に遊ぶ楽しさも奪ってしまうからです。誤解を恐れずに言えば、避けるべきことですがかみつきやひっかきもコミュニケーションの一つであり、発達段階の一つです。
 恥ずかしながら私は考え事をする時に人指し指の付け根を噛む癖が抜けきれません。大リーグの選手は試合中にガムを噛んでいます。古いお芝居で女性が白いハンカチの角をキィーッと噛んで悔しさを表現する仕草があります。人は噛むことで気持ちをリラックスさせようとするそうです。子どもの自制心は発展途上です。とっさにカッとなることもあります。子どもは攻撃のためだけにかみつくのでなく、高ぶった興奮状態を落ち着かせるためにかもうとするという研究もあるそうです。
 玩具の取り合いも大切な学びの一つです。独占したい気持ちとシェアする気持ち、順番に使うことや一緒に遊ぶ楽しさを学んでいます。どれも一人では経験できない、子どもが子ども集団から学ぶ大切なことの一つです。子ども達はほとんどの時間楽しく遊んでいます。しかしその一方では喧嘩したり、取り合うこともあります。まれにかみつきやひっかきも起きてしまいます。これからも相手を傷つける様な関わりは問答無用で止めていきますが、そうなる過程にも発達的、教育的意味があることを忘れてはいけないと思います。

2016年6月15日【 ecec on sns

同調圧力に負けるな

 自分の子がよその子と違っていたら気になるのが親心です。子どもの個性を伸ばしてあげたい、自分らしく育って欲しいと願いつつも、個性的過ぎるのもどうかと感じてしまう部分もあるのではないでしょうか。私たちの中にはどうしてもみんなと一緒であることで安心する部分があります。それは日本の国民性と言ってもいいかもしれません。そして、良くも悪くもそれを支えてきたのは私たちが受けてきた日本の教育です。個性を伸ばす教育というよりみんなが平均点をとるための教育です。その中で私たちは意識的にも無意識的にも一緒じゃなきゃいけないという考えに偏りがちです。そういう風潮があるからこそ、アンチテーゼとして『世界に一つだけの花』という曲がヒットしたり『みんな違ってみんないい』という言葉が共感を呼んでいるのではないでしょうか。少しずつ人々の意識が変わってきているのかもしれません。
 ではさくらしんまち保育園の子ども達に目を移してみましょう。ざっくりと見ればあまり大差ない様にみえても、一人ひとりを見てみると見事に個性的です。みんな素直で可愛いのですが、どんな子も一段一段、発達の課題をクリアしながら大きくなっていきます。ちゃんと課題があるという意味ではどの子もみんな問題を持った問題児と言えるかもしれません。全く問題がない子は全く成長しない子ということになります。特別な配慮が必要な子もいますが程度の差こそあれ配慮が必要ない子はいないのです。
 私たちは『一人ひとりを大切にする保育』を目指しています。集団で遊ぶ際もその集団としての課題をねらいとして活動を計画します。もし集団に入れない子がいれば、その子が何につまづいているのか、その子が楽しめる様にするにはどうすればいいかと考えて工夫します。個別に声がけをしたり、その子にあった動機付けを試みたりします。時間的な猶予を設けたり、同年齢や異年齢と集団の属性や大きさを変えることも有効な手段です。その子のペースで、その子が上手くできるパターンで少しずつ進めていければいいと思っています。少なくともみんなと一緒じゃなきゃいけないとは考えません。みんなと一緒に楽しめることは理想かもしれませんが、それよりもその子が自分の距離感で心地よく集団と交われることの方が大切だと思います。帰属意識も大切ですし、組織や社会に貢献する気持ちも尊いものです。しかしこれから子ども達が生きていく社会は盲目的に集団に従う時代ではないと感じています。
 『私は私、でも私はみんなの中の私。』これは伊藤理事長が私たち職員に贈ってくれた言葉です。

2016年6月14日【 ecec on sns

コーナー保育

 さくらしんまち保育園の保育室はどの部屋も玩具棚で区切られています。さえぎるものが何もない大広間の様な保育室はありません。これはコーナー保育やゾーン保育と呼ばれる保育環境です。絵本コーナーやブロックコーナー、手指遊びコーナーやパズルコーナー、おままごとコーナーに制作コーナーといった具合です。朝夕の送り迎えの時にコーナーで遊んでいる姿をよくご覧になると思います。子ども達はその時々で取り組みたい遊びを自分で選んで遊びます。それぞれのコーナーで遊んでいる様子をじっと見ていると、数十分間も集中して遊び続ける子どもが少なくないことに気づきます。見学に来た方に、集中して遊ぶ子が多いのは何か秘訣があるのですかと聞かれることがあります。その答えは至って簡単で、自分で遊びを選んでいるからです。もし玩具や教具がないお部屋で、先生がねんど遊びをしようと子どもに提案し、机と椅子を出し、ねんどの用意をしてねんど遊びを始めたとしても、そのうち数人が立ち歩いたり、ふざけ始めたりします。先生はその子に注意して、ねんど遊びを続けさせます。しかし、ここで気がつかなくてはならないことがあります。ねんど遊びからエスケープした子どもは最初からねんど遊びがやりたいとは言ってないのです。先生に言われたからやっているに過ぎないのです。今の貴重な乳幼児期の遊びを義務的、強制的にしてしまっては身につく巧緻性もつかなくなってしまいます。それより自分で選んだ遊びを思う存分楽しむ方がずっと発達が促されます。子どもにとって成長することは本能です。子どもが面白そうと感じて選んだ遊びは、その子の成長本能が選んだ遊びです。自発的、主体的に取り組みますから、おのずと集中し、おのずと発達に繋がります。やりたいことをやる方が生産的で効率的なのは私たち大人も同じです。
 時にはやりたい遊びが見つからずお部屋をうろうろする子もいます。そんな時は職員が一緒に遊んで遊び方や楽しさを伝える様にしています。しかし場合によってはお部屋を出て行ってしまう子もいます。そんな時、私たち職員はお部屋を出てはいけませんと言うだけではなく、魅力的なコーナーの設定ができていないのではと反省します。玩具の難易度を上げ下げしたり、別の玩具を出したり、その子の発達に合ったコーナーになる様に工夫します。その子の発達にあってさえいれば、必ず集中して取り組むという確信があるからです。
 また、自分が遊んだ玩具は自分で片付けるというルールもあります。子どもなので完璧にとはいきませんが、自分で選んだことだから自分で片付けるという意識付けは、給食で色々と選択し責任を持つことと同じです。
 せっかく急いでお迎えに来たのに、え~早い~と子どもに文句を言われるとガックリするかもしれませんが、子どもがそう思える環境にいたと思えば、悪くないことかもしれません。

2016年6月10日【 ecec on sns

北風と太陽

 部活動先輩後輩の法則というものを聞いたことがあります。運動部の中には厳しい練習を課す所もあると思います。先輩から罵倒されたり、無茶な練習でしごかれたり、不条理な上下関係を強いられたりします。後輩への愛情で厳しい練習を乗り越えさせるだけならまだしも、不条理な上下関係を強いるのは愛情とは言えません。そんな恐い先輩がやっと卒業して代が変わったにも関わらず、その後輩は自分がされて嫌だった練習や上下関係を同じ様に後輩にさせてしまうです。その理由はこうです。自分が経験した厳しいシゴキによって今の自分が立派に存在しているのだと思ってしまうのです。先輩のおかげで今の自分があると先輩のやりようを美化してしまうのです。辛い過去を正当化することで傷ついた自分の心を癒そうとするのです。そして後輩をしいたげる文化が受け継がれてしまうというのがこの法則です。厳しい試練を与えなければ人は育たないというメンタリティーはこの法則に近いものがあると思います。
 ご自身の人生を振り返って、困難な状況に陥ったり、壁にぶち当たったり、挫折したりした時あなたはどうやってそれを乗り越えましたか。あの厳しい先輩の顔を思い出しましたか。それとも辛い気持ちに共感し、自分を信じて励ましてくれた人のことを思い出しましたか。きっと後者だと思うのです。
 人は誰かに厳しくされた経験を拠り所にして生きるのではなく、誰かに優しくされた経験を拠り所にして生きています。スパルタな指導、罵倒されながらの訓練を乗り越えたことが自信になるのではなく、自分の良心を信じてくれたこと、自分の努力を認めてくれたことを勇気に変えて生きていきます。もっといえば、誰かに愛された温もりや通じ合った喜びが前に進む力を与えてくれます。子どもが悲しい気分になるような状況を作るのではなく、幸せに感じる状況を積み重ねることが保育だと思います。さくらしんまち保育園では運動面でも音楽面でも文字や数でも、集団行動面でも、食事面でも訓練を押し付けることは避けています。仮に訓練と同じ内容だとしても、遊びの中で楽しく取り組めないかと考えます。柔軟に考えれば意外と遊びに転換できるものです。遊びや関わりの中で待つことや我慢すること、集団行動を学ぶことが理想です。
 願わくば子ども達の心の中に楽しい経験や仲良しの友達、自分を信じてくれた大好きな先生のことを一杯詰め込んで卒園して欲しいと思っています。それが小学校やその先の人生でつまづいた時に力を与えてくれると思うからです。例え愛のムチだとしても、幼少期の暗く辛い思い出は将来を照らしてはくれません。

以上

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